■ モン・サン・ミッシェル  1  伊藤 和男さん ■ 
 

 海中に浮かぶ岩山に聳える修道院。その由来は、8世紀の始め、大天使ミカエルのお告げにより、当時の司教オベールが80メートルの岩山トンプ島に建立した。礼拝堂から始まりその後、何世紀に亘ってロマネスク様式の僧院、ゴシックの塔などが建てられ、拡張し続けた。今日まで巡礼地として栄えてきた。遠くから眺めると島全体が海に浮かぶ城のように幻想的な美しさを醸し出している。

15世紀の英仏戦争に巻き込まれ、城壁が作られ、牢獄までもが作られた。その後修道院として蘇り、多くの巡礼者が訪れている。世界遺産のトップの座を占めている。満潮時は海に浮かぶ孤島、干潮時は辺り一面干潟になる。満ちてくるとき、潮の押し寄せが見ものである。そんなモン・サン・ミッシェルを訪れてみたいと予ねてより思っていた。幸いここスペインからそんなに遠くない。
2007年5月16日マドリッドから夜行寝台でパリへ向う。夕刻7時、列車は静かにChamartin駅を動き出す。食堂車でワインを飲みながらのディナー。シャワーも入れる。もちろんベッドがある。無理もないが部屋は狭い。部屋ごと揺れ動く。時々、停車する駅で目が覚める、が思ったより快適な汽車の旅だった。パリ着が朝の9時半。予定より1時間ほど遅れた。
目指すモン・サン・ミッシェルはパリ・モンパルナス駅からTGVで2時間のレンヌへ。さらにバスで1時間15分。ところが来るべきそのバスが来ない。2時間近く待てども来ない。今回最初のビッグ・トラブルである。同じバス待ちの日本人の新婚さん、香港の女性とその友達、我方の4名、総勢8名。同じ被害者仲間。目的地は同じM・サンミッシェル。強い連帯感が生まれた。
列車で最寄りの駅まで行き、そこから8人乗りタクシーでM・サンミシェルへ。夕食にホテルでのオムレツが名物なので間に合うか、全員気が気でない。幸い間に合った!小雨が煙る海上に聳えるあの美しい姿があった。時計は9時を廻っていた。
その時間でも巡礼者たちがぞろぞろと修道院に向かっていた。周りの海は波が島間際まで迫っていた。要塞を思わす島の入り口近くにホテルはあった。予約が難しいといわれるHOTEL MERE POULARD。なかでもここのオムレツは天下に知れ渡っているらしい。フロントでチェックインを早々と済ませレストランに飛び込む。やれやれ間に合った。早速ワイン(凄く高い!)とオムレツ、魚・肉など楽しい待望の夕餉はブルゴーニュのぶどう酒で気持ちよく酔い、これぞフランス料理!美味しい味に満足した。部屋は3階のツイン。窓から屋根越しに海が見える。まだ小雨に島はつつまれ、窓の近くの花が雨に湿り鮮やかに輝いていた。あすは早朝島廻りをしよう。窓から見上げると頂上のゴシックの塔が霞んでいた。

■ モン・サン・ミッシェル 紀行 2  伊藤 和男さん ■ 

 朝、まだ日の出前。ホテルのドアーを静かに開き、4名は島の坂道を登る。急坂は石畳、丸みを帯びた階段、何百万人もの巡礼者が歩いた歴史が刻み込まれた道である。石の表面が光っている。周りの古い建物、海が朝靄に煙っている。天候はまずまず。花が咲き、空気が清々しい。
8時ごろ空が白み始める。すでにこの一瞬を見ようと観光客が海を眺めている。迫ってくる潮が白波を立ててゆっくり動いているではないか! 津波のようだ。眼下の干潟がどんどん小さくなる。

時間にして40分ぐらい声も出さず、ただただ潮に沈められていく干潟を眺めていた。大自然の偉大さに驚く。その昔、多くの巡礼者がこの潮に呑まれて神に召されたという。満ちた気分でホテルへ戻る途中に、お土産を買う。MARE POULARDのクッキーとM・ミッシェルのお城をデザインした黒いTシャツなど。これで心置きなくこの島を発てる。
翌日、もう1泊。ホテルは島の外に、1000mも離れない取り付け道路の付け根、窓から首を出せば島がなんの遮りもなく見える。夜、ライトアップされた修道院が浮かびあがり、水面に光がこぼれ、きらきらと輝いている。一行は夜道を城に向かって歩く。いい写真が撮れた。
次の日、ホテルの前からバス。往きに苦労したレンヌ駅経由でパリに戻る。モネの作品が集められたオランジェリー美術館へ直行する。閉館時間が迫っていたがうまく間に合う。睡蓮の絵が部屋全面に飾られた大作。どれも見ごたえがあった。クロード・モネ(1840〜1926)フランスの生んだ印象派の巨匠。日本人に彼の愛好家が多い、またモネ自身日本の美術に理解があった。ジべルニーの彼の館に歌麿、広重、北斎などの浮世絵が飾ってあるという。
そのジベルニーの館に行こうとパリ発の急行に乗り50分でヴェルノン駅まで到着。そこからタクシーで10分。小雨にも、その館は沢山の見物人で賑わっていた。園内は今を盛りのあやめ、ボタン、フジの花、名も知れない色んな花々が咲き乱れ、地上の楽園であった。想像以上に広い。睡蓮の池には蓮が浮かびポツンポツンと花をつけていた。モネの世界が視界一杯に広がっていた。周囲の池に柳がしだれ、緑色の小さな太鼓橋が二つ架かり、傘もいらない程の小雨が景色に風情を添えていた。実に素晴らしい! 庭園はモネが何年も手塩にかけ育て、数々の作品を描き続けた。「私は絵と園芸を除いては、無能な人間である」モネ
「私は有頂天だ、ジベルニーは私にとって輝くばかりの美しい国だ」モネ
M・ミッシェルとジベルニーへの旅は私達に大きな満足感を与えてくれた。

■ 旅行  田舎ドライブ ■ 

 初夏の青空に誘われて、週末の気晴らしにドライブに出かける。今日の目的地はカディスのZahara de los Atunes方面。FuengirolaからN340を飛ばして、東にむかう。 Algecirasの直前でLos Barriosを経由して内陸部に入る。コーストから数分であたりは全くのカンポ地帯。周囲の青々とした緑とぽっかり浮いた白い雲。さわやかな空気。視界にクレーンが見えないのがなんとも新鮮で気分はすっかりホリデー。
 一休みのBarを探していると目の前にいかにも田舎レストランらしいVentaが出現。お昼にはちょっと早いがひと休みを決める。

 このVentaはSierraに囲まれた土地柄を反映してか鹿や野鳥料理があった。Menu del Diaを平らげてすっかりお腹いっぱい。チーズ、腸詰関係の並んだ地場産品のコーナーに目を惹かれ5リットルのオリーブオイルを買い込んでしまう。

 それから大西洋岸の小さな町、Boloniaへ。漁村らしい鄙びた雰囲気の町。人影も少なくビーチが余計に大きく見える。大西洋のビーチは地中海と違って砂がベージュ色。
 Boloniaから北上して、Zahara de los Atunesに到着。もともとは漁村だったのだろう。今は小規模なペンションやカフェが並び、リゾート客も多い。しかし我らがコスタ・デル・ソルよりはるかにのんびりとした雰囲気がある。小さな町をぐるっと回った後、車を停めてビーチ端のカフェで一息。ビールを飲みながら広々としたビーチを眺め、至福の時。シーフードメニューが目に付くが、さすがにあのランチの 後ではもう何も食べられない。

少し腹ごなしをしようとビーチに出る。ドライブに同行した北国を知らない南国のハスキー犬は砂浜が大好き。穴を掘りまくって、大満足だ。水を見ると飛び込んで行く犬に引きずられるように波打ち際まで行くと、水はまだ冷たい。久々の水遊び。
 Zahara de los Atunesには快適そうなホテルがビーチの目の前にあり、最近は郊外にむかって町が拡大している。非常にまったりとした時間が流れている町で、ゆっくりバカンスするにはもってこいの場所だ。

 Zahara de los Atunesから今度は沿岸ルートでTarifaに向う。この近隣のビーチはサーフィンのメッカ。道沿いにもサーフショップやマリンスポーツセンターが並ぶ。金色のビーチと砂丘地帯、今は人影もなく雄大な景色が広がるが、夏になれば観光客やキャンパーが増える。どこかヒッピーっぽいムードがある。

 Algecirasに近づいてくると山並みにそって風力発電用の風車がたくさん並んでいる。近くを通り過ぎるとブンブンと大きな音が聞こえる。人工的な異様な風景だ。
 Gibraltarの手前のAlgecirasの展望台から眺めるモロッコ。この日は空気も澄んでいたせいか対岸がよく見えた。こんなに近いのだ。
 N340を戻る。途中からAutopista del Solへ入る。また高速料金が上がった。渋滞がないのも料金が高すぎるからだろう。Fuengirolaに着いたら9時過ぎ、まる一日の短いホリデー。ちょっとだけ、日焼けした。

本日の走行距離200キロちょっと。今度は泊まりで行ってもいいかもしれない。
(伊藤 千恵)

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