■ ここがわが町  ■ コスタのエリアを住人の目から紹介します。
Benalmadena ベナルマデナ

 マラガを中心に東西に300キロに延びる海岸、コスタ・デル・ソルである。シーズンになればイギリスを始めヨーロッパ各地から多くの観光客が訪れる。アンダルシアの溢れるばかりの太陽と爽やかな気候を求めてこの一帯にやってくる。その1画に、わが街ベナルマデナがある。人口3万6千程の小さな街である。ベナルマデナ・プエブロ。アロージョ・デ・ミエル。ベナルマデナ・コスタと3つの行政区に分かれている。

 ベナルマデナ・プエブロはミハスに行く街道の中腹にある。教会の周りの公園から、雲もない澄んだ空、横たわる地中海、ベナルマデナの街が一望できる。180度のパノラマはミハスに負けない見事な景観だ。街の佇まいも、1歩街道から外れれば、小さな路地で結ばれた白い家々が軒を連ねる。窓辺には、申し合わせた様に花の鉢を飾っている。のどかなアンダルシアの風景がある。
 アロージョ・デ・ミエル。ベナルマデナ、コスタは山側に高速道路が走り、海側に国道340号線が街を横切っている。街の中心をRENFEが走る。新興都市ベナルマデナも最近住民が増えた。しかし、相変わらず、ピソの建設ラッシュが続いている。もうこれ以上大きくならないで欲しいと願う。昨年、西側の山にケーブルカーが架かった。山頂からの眺めは、澄んだ空気と風を含んで、極上の気分にしてくれる。
 私の好きな散歩道はマロニエの並木道である。駅前通りを南に、街の中心部のロータリーを過ぎると青々と繁ったマロニエ並木が現れる。車道より広い歩道。カラーブロックが敷き詰められ、管理の行き届いた路である。冬には落ち葉し、春には若葉が萌え、夏は絶好の日陰を作る。ベンチが適度に並べてある。そこを散歩したり、ベンチに腰掛けて本を読んだりするのが、とても楽しい。私達の四季を通じた憩いの場所だ。しかし、なんといっても、ベナルマデナの売りはコスタデルソルの海岸である。ヨットハーバーには、豪華船が競う様に繋留され、アラビック風の建物、洒落たお店が軒を連ねる。高級レストランが建物の2階を占める。誰もが楽しくなるところだ。南にコスタの海岸が続く。萱葺きのパラソルが4列に並ぶ。きのこ型のパラソルの下には2つのベッドが設置され、海水浴客で満席である。本を読んだり、甲羅を干したり、昼寝をしたり、ともかく、のんびりしている。
マラガ港から出港の大型客船がゆったりと沖合いを動いて行く。ヨットが穏やかな地中海の景色に彩りを添える。他の海岸とどう違うのかと云われても困るが、私はベナルマデナの海がとても好きだ。(伊藤 和男)

 
Los Boliches Fuengirola ロス・ボリッチェス

 ここに住みはじめてまだ3週間なので、「わが街」と言うのはおこがましいのですがLos Boliches を紹介させていただきます。この町の歴史をインターネットで検索したところ、街のあゆみを記したものがあったので、理解できた部分を抜き出してみました。
 

1822年 人口25人
1841年 FuengirolaがMijasから分離したのを機会にFuengirolaから分離した
1867年 人口2千人
1916年 Fuengirola-Los Boliches間に蒸気機関車による鉄道が開通
1956年 現在の場所に公設市場開設
1958年 Fuengirola-Malaga間に鉄道が延長
1970年 線路の幅が従来の狭軌から広軌に変わった
1975年 電化

この付近は地下水脈が豊富で人が住みやすいところであった。古くからあった生活手段はやはり漁業であるが、水が豊富なことから野菜類を作ることも出来たので半農半漁の生活が一般的であった。1956年に公設市場ができるまでは物々交換が行われてきた。観光産業が本格的になるまでは漁業は盛んで、いわしをMalagaの缶詰工場に売ったりアンダルシア州の各都市に売ったりした。
 現在は行政区画としてはFuengirola市に入るようですが、町役場みたいなものがあったので、日本流に言えば、マラガ県フェンヒロラ市ロスボリーチェス町という感じでしょうか。公共交通手段は電車とバスで、Costa del Sol では良いほうですが、海から離れたところでは車は必需品です。電車の駅のすぐそばに中型の食品スーパーと上述した公設市場があるので、日常生活の買い物には不便はありません。百貨店Corte Ingresもありますが、MalagaやMarbellaのものと比べて極端に小さい店なので品数も少ないのでしょう、あまり客が入って居ません。海辺は両隣のFuengirola/Torreblanca同様砂浜で、日光浴・海水浴に向いています。外国人住民は多分英国人が一番多いと思いますが、北欧系の人たちもかなりの率を占めていると思います。これはレストランの数からの推測です。東洋系の顔立ちも時折見かけますが、多分中国人でしょう。治安については確かなことはいえませんが、地元の人を含めて長期滞在者が多い分安全度は高いほうと思います。(芳野 法一) 2004年 秋号

 
Torremolinos トレモリノス

 2004年5月30日の夜、マラガ空港に愛犬の六兵衛と茶々(写真)を連れて降り立ったのが、私たちの新居トレモリノスでのスペイン生活のスタートでした。早いものでもう2か月になります。
だれでもスペインに移り住んで、はじめはいろいろな戸惑いがあったことと思いますが、私たちは犬たちを連れてきたことで、それまでの日本の生活とこちらとのギャップの幅をなるべく少なくしようと考えました。それはある程度正解だったと思えます。

 でも、六兵衛たちが歩く道々で、「可愛いわね」(推測ですが)と頭をなでたり言葉をかけてくるご婦人方に、ただただ「シー、シー」と言い愛想笑いをするだけで、これは一日も早く言葉を学ばなければいけないなと、妙なことで学習意欲を駆り立てています。
  実際、異国に来てその国を理解するには、まず語学力を身に付けなければなりません。私たちは毎日のように外で飲食していますが、そこではわずかな限られたコトバで用が足せますので、なかなか広い世間で必要とされる会話能力が身につきません。家内などはバルで、「コレ」「ウン」というコトバ(もちろん日本語)と指1本で注文します。そのとおり注文した料理が無事運ばれると、「どうだい」と言わんばかりに私を見ます。アホらしくて、そんなことでいつまでスペインにいられるのか、不安に思うことがしばしばです。御茶ノ水女子大の土屋教授が本の中で、世界中英語とスペイン語だらけだから、いつか地球上の半分以上の人口を日本人が占めるようになれば、世界のどこへ行っても日本語が通用するようになるから、どんどん子供を増やそうとのたまっていました。もちろん冗談ですが。でもなんとなく、それもいいなあと思える話です。
 最後に、このトレモリノスで私との再会のお酒を楽しみにしてくれていた亡きジョーさんの冥福を祈り、感謝し、到着から今日まで、いまも毎日いろいろ支えてくれているアミーゴス会員の皆さんに、心からありがとうと御礼申し上げます。(飯塚 実) 2004年7月夏号

 
Malaga Centro マラガセントロ

 現在私が住んでいる場所はエル・コルテ・イングレスから歩いて5分、レンフェ駅10分、セントロへも歩いて15分程度のなかなか利便のよい地域である。ピソの近くは小学校のため子供たちの元気な声が一日中聞こえる。よく見ると多少ルールは違うようだが、『ダルマさんがころんだ』や『ドッチボール』をしていたりする。子供の遊びというのは古今東西変わらないものなのだろうか。

  スペイン語でのだるまさんが転んだとは何と言っているのだろうか、等思いをはせながら、自分の子供時代を懐かしく思い出し、見入ってしまうことも多い。
近くにはメルカドもある。
 このメルカドに通うのが私の目下の楽しみである。
 土曜日の朝、目が覚めると一番にメルカドに向かう。朝早いと店の人が商品を並べている、その中をぶらぶらとメルカド内を一周する。
 赤や黄色の鮮やかな野菜たち、種類豊富な魚介類、ハムやチョリソ、チーズ、エトセトラ、スペインのおいしい食材がところ狭しと並んでいる。日本ではなかなかお目にかかれない巨大なポテトや、その日の朝取れたてのイチゴなど新鮮なものが安く、そして自分の好みの量で買えるのが魅力だ。一人暮らしの場合、スーペルメルカドでは袋売りの場合が多く、量も半端ではないので、食べきれず、腐らせてしまうこともしばしば。そんな自分にメルカドは最適なのだ。
 そして、何より楽しいのは市場の人との会話だ。こちらが日本人なのもあるのだろうが、名前を聞くと嬉しそうに教えてくれる。どうやって調理するのが一番おいしいか、懇切丁寧に教えてくれる事も多い。一度など、いや、こちらの方法がいいと多数の買い物客も交えてまるでけんかのような議論にまでなったこともあるくらいだ。
 私にとってメルカドは、料理教室であり、スペインの人々と触れ合う場所であり、かつ無料のスペイン語学校であり、もはや生活に欠かせない場所である。(風間 晶子)

 
Malaga マラガ郊外 パルケ・メディテラネオ

 Parque Mediterraneo・・・訳すと「地中海公園」。マラガの西部に位置するこの地域が私が住んでいるところです。築20年以上の白いピソが立ち並び、ぱっと見は日本の団地郡のような印象を与えます。ここは比較的お行儀のいい地区で、犬を連れている人たちもほとんどの人が後始末をきちんとして行きます。子供たちもなかなかしつけが良く、エレベーターやピソの入り口で一緒になると必ずドアを開けて先に通してくれます。

  「あっ、チーナ」と言ってくるおバカはいません。日本人始め外国人はまず住んでいない地域ですが、近所のみなさん偏見なくきさくに声をかけてくれます。知り合いに会ってしまうと1時間でも2時間でも立ち話。よくこれだけ話題があるなと思うくらいしゃべり続けます。(典型的なスペインのセニョーラですね)
そしてすぐ隣りには住民の憩いの場、Parque del OesteとParque Mediterraneo。道路を挟んで海岸まで続いている大きな公園です。週末や夕方は散歩を楽しむ人たちで賑わいます。散歩の後は近くのバルやテテリアで一休み・・・というのが私のお気に入りです♪ 歩いて行ける距離にはスーパーを始め美味しいパンやさん、時計の修理やさん、椅子の生地張り替えやさんなど、古くから続いているお店が並んでいて、日本の商店街に似た雰囲気を漂わせています。
 また海にも近く、ピソの目の前にはマラガの象徴(?)と言われている、マラガでは一番背の高いえんとつが大きな顔をして海岸に立ちはだかり我が家からの眺望に一役買っています。(せっかくの眺めを邪魔しているとも言えます。)夏になると若い子たちはこの住宅地から水着のままタオル一枚持って出かけて行きます。地中海からの風で夏はセントロよりも5度は気温が低くなり、窓を開けておくと寒いくらいの日もあって、テラ−ルの日以外は冷房は全く必要ありません。セントロや都会が好きと言う方にはちょっと物足りないかもしれませんが、生活するにはとてもいい地域だと思います。機会がありましたら、みなさん是非一度緑いっぱいのここParque Mediterraneoに遊びにいらしてください。(大内 真琴)

 
Torremolinos El Pinillo エル・ピニージョ トレモリノス

 私が住んでいるところ「PINILLO ピニージョ」はトレモリーノスの一番端、そしてベナルマデナの入り口に位置する地区です。2年前にこちらに引越してきてから、もちろんここは私の大好きな土地です。私の自宅からは少しですが海も見えますし、素晴らしい朝焼けや夕日も見ることができます。私は特に朝日を眺めるのが好きで、毎日暗いうちに起きて息子2人を起こしたり学校の準備などしながら自分も自宅のテラスに立って朝の気持ちの良い日を浴びては元気イッパイな気分になります。

 PINILLO地区裏手、高速付近には天気が良い日はまるで手が届きそうなほど明確に見える山々があり、散歩をしたり窓を開けてドライブすると、その山からの気持ちの良い風や空気を感じることができます。
 もう一つ、私がわが町PINILLOが大好きな理由があります。
それは7歳と3歳8ヶ月の息子2人を育てるにあたって自宅から歩いて3,4分のCOLEGIO(幼稚園&小学校)があり便利、学校はとても外国人が多くインターナショナルな雰囲気を持っていて、前に住んでいたマラガでの日本人(外国人)がいなくて寂しいような環境から救われた感じです。息子たちはもちろんのこと、私もCOLEGIO-PINILLOがとっても気に入っています。
私は息子たち2人と毎日できるだけ日本語を話すようにしていて自宅ではスペイン語での勉強や絵本を読んであげるなどほとんどしません。仕事の忙しい夫に息子たちのスペイン語(彼らの母国語)をみてもらうわけにもいかず少し心配していたのですが、COLEGIO -PINILLOの先生方はやはり環境が良いこともあるのだと私は思います、大変心が広く2ヶ国語を話す子供たちに理解があり心から感謝しています。
PINILLO地区はご年配の方も多く、朝夕は血統の良い犬を連れた人、ジョギングしている人やノンビリと気持ち良さそうに散歩している人などをよく見ます。この地区は子供の学校があるにも関わらず、こうした静かで和らいだ一面も持っている所です。
PINILLO地区へ住むようになってから私はもちろん夫も息子たちも何故かとても前にも増して明るくなりました。自宅の環境が、私たちの心や気分、気持ちの持ち方まで良い方へ良い方へと導いてくれているようで、日々、面白おかしく楽しく暮らしています。このPINILLOの環境を心から有難く思う毎日です。(望月 都)

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