| ■ アミーゴスの広場 ■ | |
| 2008年 春号 アミーゴスの広場 | |
| 日本人闘牛士 濃野 平さんインタビュー | |
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プロフィール |
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Q:ウエルバにお住まいですよね。現在どのような活動をしていますか? |
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Q:プロの闘牛士とはどんなお仕事なのでしょう? |
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ゼロから始めて最上級のマタドール・デ・トロスにまで昇格するには、少なくとも3000〜4000万円位の活動経費が必要となります。その間のギャラは通常ありません。私も自らこれだけの大金を捻出することは事実上不可能ですので、今後、在スペインの日系企業などの支援を仰ぎたいと強く望んでおります。そして史上初となる日本人マタドール・デ・トロスへ到達する夢をなんとしても実現したいのです。 |
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Q:最後に、日本人の闘牛ファンに伝えたいことは? |
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日本人闘牛士 濃野平
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| 2007年 夏号 アミーゴスの広場 | |
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バルト海のクルセロ 7泊8日 ![]() MSCオペラ http://www.msccruisesusa.com/home.asp シップデータ 総トン数: 59,058トン 全長: 251.25m 全幅: 28.8m 初就航: 2004年6月 巡航速力: 21ノット 乗客デッキ: 9層 エレベーター: 9基 スタビライザー:あり 乗客数:(2名1室の場合)1,712名 乗組員数: 720〜740名 電圧: 110/220V |
一度経験するとどうもやみつきになるのがクルーズのようだ。アミーゴスメンバーのクルーズ航海日記第二弾!今回は特別特集を組み、「アミーゴス広場」にてご紹介。 「バルト海」と聞くと日本の歴史上では皇帝ロシアの「バルト艦隊」が連想されるし、第二次世界大戦のときもドイツ海軍の潜水艦隊の基地であった事など物騒な記憶が残っている。しかし、MSCオペラ号に載ってその甲板から「バルティック」の海をみるとその恐ろしい話は何のその、コペンハーゲン沖で長い列の電気発電用風車が静かに回っているのを見ると、「平和」の海そのものである。そしてこの規模の船では波の揺れなどは感ず、外の風景を見なければでっかいホテルが港から港へ滑り渡るような感じである。 |
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コペンハーゲン ― ドイツのキール |
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それからルーテル教会のカテドラルで何かの記念コンサートがあるとの看板を見たので行ってみた。中を覗くと信者が皆正装していたから、軽装の我々がためらっていると、親切に中に招き入れてくれた人がいた。端のベンチに座ると聖歌隊の素晴らしい歌が始まる。 めったに聴くことはない聖歌のハーモニーがしばらく続いた。その後は牧師がドイツ語での説教と信徒会の会長が挨拶をした。ドイツ語の中で「ブルゴメイスター」と聞こえたので、キール市の市長もそこにいるとわかった。再び聖歌と2台のオルガンの合奏があって記念式典は終了した。何となく「MSCオペラ」にふさわしいクルーズの始まりだと思った。ちなみに我がキャビンのあるデッキは「ラ・トラビアータ」と名づけられ、他のデッキには「アイーダ」「オテロ」「リゴレット」「トスカ」「ラ・ボヘム」などと名づけられていた。 |
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その夜の夕食、我らのテーブルで同席となったのはイギリス人夫婦2組、その日の話を交換したときにあんまり自慢にならないように控えめにコンサートの話をした。船での夕食は2回あって早い方か遅い方かを選ぶ。「メイトル‘ディ」(レストランの給仕長をフランス語でそう呼ぶ)に早い時間を申し込むと、日本人は他にいなかったし、早い時間を希望するスペイン人もいないので英語を話す人たちとの同席になった。 |
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それからビスビィへ |
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その日の夕方船はストックホルムを離れてエストニアのタリンに向かった。船の先端にある全面ガラス張りの「リラックスルーム」でストックホルムの街並みが後方に静かに去っていくのを眺めた。ここはお気に入りの場所になった。 |
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タリンでも市内観光と郊外の昔のエストニア人が暮らした家などを展示していた野外博物館を含むオプショナル・ツァーに参加した。そこを訪れる2、3日前にエストニア政府がソ連の兵士の像をタリン中心部から郊外の墓地に移した。ロシアのプーチン首相はそのことを非難し、その非難に今度はエストニアの若者が反発、抗議が暴動騒ぎになったらしい。まだ街のショーウインドに板が張られていたり、警察もうろうろしていた。ガイドさんはエストニア人のおばさんで、エストニア人の気持ちを説明してくれた。やはり、長い歴史の中で自国がバルト海の国々、デンマーク、スウェーデン、ドイツ、ロシアに次々と侵略された傷跡は深い。 |
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ストックホルムからタリンまでに時差が1時間あり、サンクト・ペテルブルグまでに更に1時間あった。それで日が沈むのが十時半過ぎになり、まだ白夜までには間があるがかなり遅くまで明るかった。 |
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下船するときに日本のパスポートを見せたら入国管理の女性警官が写真と民夫の顔を見比べて笑った。昔は渋い顔しか見たことが無かった。また、昼食のレストランでのショーの若者たちも満面の笑顔で歌ったり踊ったりしていた。やはり、サンクト・ペテルブルグはエルミタージュ美術館が最高の目玉で、たっぷり2時間半思う存分見学できたことはこの「バルト海クルーズ」のハイライトだった。 |
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